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井上氏の分析によると、厚生労働省の最新データ(2021年卒)の大学新卒者の3年以内離職率は34.9%です。
これは過去最高だった2004年卒の36.6%より低く、20年前(2001年卒35.4%)とほぼ変わっていません。
「よく『最近の若者は…』と言われますが、データを見る限り、若者の離職率自体は特に悪化していないのです」と井上氏は指摘します。
しかし、企業規模別に見ると、非常に興味深い傾向が浮かび上がります。
従業員1,000人以上の大企業では、早期離職率が近年上昇傾向にあり、2021年卒の28.2%は過去数年間で最も高い水準です。
一方、100〜499人規模の企業は35.2%と全体平均とほぼ同じ水準であり、従来からの傾向と同じです。
この数字が意味するのは、かつて「終身雇用」の代名詞であった大企業の求心力に変化が生じている可能性です。
同時に、マイナビの調査によれば、2026年卒大学生の企業選びの基準では「安定している会社」が51.9%で圧倒的トップであり、「自分のやりたい仕事ができる」(27.2%)、「給料が良い」(25.2%)を大きく引き離しています。
ここに一見矛盾する状況が浮かび上がります。
安定を求める若者が多いのに、安定していると思われがちな大企業で離職が増えている
この矛盾について、井上氏は「安定」の意味合いが世代間で変化した可能性を指摘します。
「かつての『安定』は『会社が倒産しない』『雇用が守られる』という意味合いが強かった。しかし現代の若者、特にZ世代にとっての『安定』は、『自分がどこでも食いっぱぐれない』『市場価値を維持・向上できる』という意味での安定、つまり『成長』を求めているのではないでしょうか」
この視点の転換は非常に重要です。若者は安定を求めていないのではなく、「安定」の定義そのものが変わっているのです。
組織に所属する安定から、自分自身の市場価値という安定へ
この変化は、人事戦略の根本的な見直しを迫るものかもしれません。
この文脈で井上氏が紹介したのが、離職対策を考える上で非常に有用な「ナインボックス」というフレームワークです。
これは、ハーズバーグの二要因理論を基にした自社の簡易診断ツールで、職場の満足度を構成する2つの軸で整理します。
縦軸:動機付け要因(仕事のやりがい、達成感、自己成長など)=「働きがい」
横軸:衛生要因(給料、福利厚生、休暇の多さ、残業時間の少なさなど)=「働きやすさ」
この2つの軸の高低を組み合わせることで、組織や個人の状況を9つのタイプに分類できます。
例えば、動機付け要因も衛生要因も高い状態が「ホワイト企業」、両方低い状態が「ブラック企業」となります。
その他にも「見せかけホワイト企業」「ゆるブラック」「やりがい搾取」「ぬるま湯」「グレーゾーン」「キラキラベンチャー系」「平凡企業」といったタイプがあります。
井上氏は「このナインボックスの最も重要な特徴は、人によって解釈が異なることです。同じ組織でも、上司と部下で認識が違う場合がある。その違いこそが、対話を生み出すきっかけになるのです」と説明します。
実際にHRカンファレンスの会場でも参加者に自社の状況を投票してもらったところ、「ゆるブラック」(衛生要因は高いが動機付け要因が低い)に該当すると回答した人が多くいらっしゃいました。
「ゆるブラック企業」という概念は、現代の若手人材管理において非常に参考になる考え方です。2023年10月の日経新聞でも特集された「ゆるブラック」とは、「働き方改革で残業は減ったものの、その分『成長できない』と感じられる状態」を指します。
「表面上はホワイト企業。しかし若手にとっては将来のキャリア形成という点でブラックに感じる」という逆説的な状況です。
時間外労働削減や休暇取得推進など、働き方改革は確かに進みましたが、その結果として「帰りは早いけど、学びがない」「業務効率は上がったけど、挑戦する機会がない」という新たな問題が生じている可能性があります。
井上氏が「早期離職白書」の調査に基づき整理した早期離職の三大要因は、離職問題の本質を捉えています。
- 存在承認(会社・職場において自分の存在が認められているか)
- 貢献実感(社会・顧客・職場などに貢献できていると本人が感じているか)
- 成長予感(今の仕事を続けることで将来のなりたい自分になれる予感があるか)
「ゆるブラック」環境では特に、この「成長予感」が欠如しています。つまり「この会社にいても、自分は成長できない」という諦めが、若手の心の中に芽生えているのです。
若手の成長を考える重要な視点を、パーソル総合研究所と中原淳氏による「転職行動に関する意識・実態調査」のデータを基に、堀井氏が紹介をしました。
この調査によれば、転職を意図した最大の理由は「会社への不満が増えた」ではなく、「会社への不満が『変わる見込みがない』」ということです。
つまり、不満自体よりも、その状況が改善される見込みがないと感じることが離職を決断させる重要な要因となっています。
「転職の約8割は何らかの不満がベースになっています。しかし、多くの人が『この状況は変わらない』『改善される見込みがない』と感じたときに初めて、転職という決断に至るのです」と堀井氏は説明します。
この発見は、企業の人事担当者や管理職にとって極めて重要なヒントを含んでいます。
不満そのものよりも「変化への期待」が重要であるということは、適切なコミュニケーションと対話によって「変わる見込み」を表現できれば、離職を防げる可能性があるということです。
さらに、別の調査によれば、転職者の39.9%(約4割)が「前職でもやりたいことができた」と感じていることも明らかになっています。
このデータが意味するのは、多くの転職が「必然」ではなく「偶発的」であった可能性が高いということです。
適切な対話や機会提供があれば、わざわざ転職しなくても自社内でのキャリア実現が可能だったケースが少なくないのです。
これらのデータから、堀井氏は適切な対話を通じて社員の不満や課題が改善される「見込み」を表現し、「この組織でならやりたいことができる、成長できる」という実感に焦点を当てることで、多くの離職を防げる可能性を提案しました。
さらに注目すべきは、その経済効果の試算です。社員1,000人、平均年収500万円の企業を例に、堀井氏は以下のように計算しました。
- 年間離職者数:1,000人×13.9%=139人
- 対話により「この組織で成長したい」と合意する可能性のある人数:139人×39.9%=55人
- 55人の離職を防ぐことによる経済効果
- 採用コスト削減:84.8万円/人
- 生産性損失回避:年収の50%/人・年
- 合計:334.8万円/人×55人=1億8,414万円/年
「年間1,000万円程度のマネジメントトレーニングを実施することで、最大1億8千万円以上のコスト削減効果が見込めます。ROI(投資収益率)に換算すると1,741%という非常に高い効果が期待できるのです」と堀井氏は説明します。
この数字は、一般的な企業投資の収益率(設備投資10〜20%、マーケティング100〜300%など)と比較しても桁違いに高い水準です。
この問題をさらに深く理解するために、堀井氏はアンドア株式会社のキャリア自律診断「My Inc.」から得られた約2万件のデータ分析結果を紹介しました。
この診断は「もしも自分を一つの会社に例えたら?」という視点で、自分自身を企画部・調達部・製造部・営業部・サービス部などの「部門」に分け、どこが強く・弱いかを可視化するものです。
分析の結果、特に若手社員に顕著な傾向が見られました。
「データから見えてきたのは、多くの社員(特に若手)はキャリアに無関心なわけではなく、むしろ関心は高いものの、『調達部』機能が特に弱いということです」
調達部とは「目的達成に必要な情報や技術を他者から仕入れること」、つまり周りを巻き込む力や助けを求める能力を意味します。全年代の平均スコアが6.23点(10点満点)なのに対し、20代は5.0点と明らかに低いのです。
このデータは、若手社員が「自前調達」=一人で抱え込む傾向が強いことを表しています。
問題に直面しても周囲に助けを求めず、一人で解決しようとする。そして行き詰まったとき、「他社ならもっとできるかも」と考えてしまう。この「一人で抱え込む癖」が、「隣の芝は青く見える」状態を生み出している可能性があります。
データからは以下の特徴的なタイプが見えてきました。
- コツコツ作るのが好きでも一人で抱え込む(23.54%、20代に最多) 製造部のスコアは高いが調達部が弱い。つまり「作る」のは得意だが、「人に頼る」のが苦手なタイプです。
- 学ぶことは好きだが関係性構築が苦手(21.38%、20〜30代に頻出) 研究開発部は高いが営業部・サービス部が弱い。新しい知識は吸収するが、人間関係構築が苦手なタイプです。
- 長年の経験は強みしかし今で精一杯(19.65%、40代で最多) 企画部や営業部は高いが、研究開発部や人事労務部が弱い。過去の経験や人脈は強みだが、新しいことに挑戦する余裕がないタイプです。
「これらのタイプごとに、対話の戦略や支援の方法を変える必要があります。一律のキャリア支援では効果が限定的になってしまうのです」と堀井氏は指摘します。
これらのデータ分析から得られた知見を基に、堀井氏はキャリア面談のあり方を根本的に見直す提案をしました。若手社員の主訴が「誰に何を頼ったらいいのかが不明」であるなら、対話の焦点もそこに合わせるべきだというのです。
堀井氏がまず提案したのは、「なりたい姿」を対話の中から合意するというアプローチです。
「ただし、いきなり『あなたは何になりたいですか?』と聞いても、多くの若手は明確に答えられません。
そこで有効なのが『おすすめ型』の対話です」と堀井氏は説明します。
「おすすめ型」とは、上司や先輩が社内で活躍している人の事例を「こういう働き方があるよ」「あの人のようなキャリアパスもあるね」といった形で提示し、「なりたい姿」のイメージを一緒に探っていくアプローチです。
堀井氏が次に提案したのは、「なりたい姿」に向けて、「誰に何を頼るか」を具体的に提案するという点です。
先のデータ分析で明らかになった「調達部」の弱さを補う、非常に重要なアプローチです。
「若手社員は何をすべきかは分かっていても、誰に何を頼っていいかが分からないケースが多いのです。そこで上司や先輩が具体的な『頼り先』を提案することで、周囲のリソースを活用する術を学ぶ機会になります」
例えば、「コツコツ作るのが好きな人」に対しては、「このプロジェクトでは田中部長のチームに相談すると良いアドバイスがもらえますよ」「この技術については鈴木さんが詳しいので、ぜひ話を聞いてみてください」といった具体的な「頼り先」の提案が効果的です。
両氏の講演で特に印象的だったのは、部下の「成長予感」を刺激する上で、上司自身のあり方がいかに重要かという指摘です。
「部下が『この組織で成長したい』『こんな人になりたい』と思えるようになるためには、上司自身が『未来』を語れるかどうかが決定的に重要です」と井上氏は強調します。
過去の経験や実績を語るだけでなく、「自分はこれからこうなりたい」「この仕事にこんな意味を感じている」と、自身の未来や志について熱く語る上司の姿勢が、部下の「成長予感」を刺激するのです。
また井上氏は「部下自身も不満をうまく言語化できていないことが多く、一度の面談で全ての本音を聞き出すのは非現実的です。むしろ、普段からの『信頼関係構築』、特に『相手を承認する』習慣を身につけることが重要です」と現実的な視点を述べました。
こうした土台の上で、堀井氏は対話の目標そのものを見直す提案をしました。
「従来の対話の目標は『上司が部下を理解する』というものでした。しかし、より効果的なのは『お互いが新しい解釈を得て、有意義だったと感じられる』状態を目指すことです」
若手社員の離職を防ぎ、彼らの「成長したい」という意欲を組織内で実現するためには、単に制度を整えるだけでは不十分です。データに基づいて若手の内面に寄り添い、「成長予感」を共有し、具体的な「頼り先」を表現する質の高い「対話」が不可欠です。
堀井氏と井上氏の講演内容をまとめると、若手の「この組織なら成長できる」という確信を生み出す対話には、次の3つのポイントがあります。
- 会社が変わる見込みを自分の言葉で話す
経営理念や抽象的なビジョンではなく、ミドルマネジャー自身が「私はこう変わりたい」「チームはこう変わっていく」と具体的に語ることで、変化への期待を醸成する。- 「なりたい姿」を対話して合意する
若手の存在を承認しながら、「おすすめ型」の対話を通じて一緒に成長のイメージを描く。「こんな人になれるといいね」「あの人のようなキャリアも可能性としてあるね」など、具体的なイメージを共有する。- 「なりたい姿」に向けて頼る人を提案する
「調達部」を強化するために、一人で抱え込まず社内の人や知恵を借りる習慣を育てる。具体的な「頼り先」を表現し、「自前主義」からの脱却を促す。
離職対策は一部の人事担当者だけの課題ではなく、経営課題として全社で取り組むべきものです。
若手の「成長したい」という意欲を「この組織なら成長できる」という確信に変える対話の質こそが、これからの人材マネジメントの核心となるでしょう。
あなたの組織では、どのような対話が行われていますか?
「おすすめ型」の対話を取り入れることで、組織に新たな活力がもたらされるかもしれません。
山梨県出身。山梨でコミュニティカフェを経営後、人材組織開発コンサルティング会社に入社。 スタートアップから大手企業の若手・中堅向けリーダーシップ開発や組織の対話風土改革に尽力した後、新規事業開発部にて事業開発マネジャー、営業マネジャーを兼任。 自社内の事業構造改革から営業戦略・マーケティング戦略まで広く携わり、その知見を人材・組織開発へ転用することを得意としている。 モットーは、「本来の力が発揮できる対話力と環境づくりを引き出す」
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